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布の感触が僕の唇のあたりを覆う (6月2日 18時)
弓子が、いつの間にかはずした緑のバンダナを僕の口にそっと押しつけている。
僕は自分でその布に手を添え、唇のあたりを拭う。バンダナは、もちろん、弓子の髪の日向の香りがした。
『ああ、をかしい。ああ、をかしい』
バスが止まる。
「チェルシー」という喫茶店のある、海沿いの新しいボーリング場の前だった。
ブラック・アウト。
ここで、僕の記憶は一度、完全に途切れてしまう。
次の場面は全くの夢として現れる。僕がその晩、眠りながら見た夢なのかもしれないし、あるいはこのこととは何の脈絡もない夜の夢だったかもしれない。いや、実際には見たこともない夢なのかもしれない。でも僕の時系列によれば、この夢は、確かにここ、この場所に置かれなければならない。
登場するのは引き続いて弓子。弓子が僕に向けて語り続ける。
「……それがどの年なのか、今はまだ誰も知らない。ともかく、そのどこかの年の一〇月三〇日。ミュージシャンたちを乗せたグレイハウンド型改造バスが、建国記念の町へ向けて出発した。彼らの航海が始まったの。もちろんこれはコンサート・ツアーなのだけれど、そのスケジュールを告知させるためにテレビとか全国規模のチケット・センターとかのメジャーな媒体を一切使うことなく、地元のラジオ局でDJが突然発表するとか、コンサート会場の回りで次の場所について告知するビラを撒くとか、もう忘れられたやり方でしか宣伝しなかった。彼らはそういうツアーをやろうとした。そのスタイルが、ツアーのテーマだったの。