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淡色の夏雪草 (5月26日 14時)

笹村は筋肉のふやけきったような体を湯に浸していた。湯気で曇った硝子窓には、庭の立ち木の影が淡碧く映っていた。
 日暮れ方になると、笹村は町へ出て見た。そこここの宿屋の薄暗い二階からは、方々から入り込んでいる繭買いの姿などが見られた。裏通りへ入ると、黄色い柿の花の散っている門構えの家などが見えたり、ごみごみした飲食店や、御神燈の出た芸者屋が立ち並んでいたりした。
 去年の秋の氾濫の迹の恐ろしい大谷川の縁へ笹村は時々出かけて行った。石のごろごろした白い河原の上流には、威嚇するような荒い山の姿が、夕暮れの空に重なりあって見えた。凄じい水勢に潰された迹の堤の縁には、後から後からと小屋を立てて住んでいる者もあった。笹村は石を伝って、広い河原をどこまでも溯って見たり、岩に腰かけて恐ろしい静寂の底に吸い込まれて行きそうな心臓の響きに、耳を澄ましたりした。
 やがて高い向う河岸の森蔭や、下流の砂洲に繁った松原のなかに、火影がちらちらしはじめた。電が時々白い水のうえを走った。笹村は長くそこに留まっていられなかった。
 町をまた一巡りして宿へ帰って来た笹村は、この十日ばかり何を見つめるともなしにそこに坐っていた自分の姿を、ふと目に浮べた。机の上には来た時のままの紙や本が散らばっていて、澱んだような電気の明りに、夏虫が羽音を立てていた。
 その晩笹村は下の炉傍へ来て、酒をつけてもらったりした。炉傍には、時々話し相手にする町の大きな精米場の持ち主も来て坐っていた。

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