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金のあるうち (3月26日 21時)
彼は同時に二つの仕事を抱えるほどの余裕をもたなかった。金のあるあいだは八橋に逢うのが唯一の仕事で、とてもほかの仕事に取りかかれそうもなかった。金のあるあいだは何を考えても無駄なことだと、彼は自分で見切りを付けていた。
その金がいよいよなくなったらどうする――その時になったら初めてなんとか考えよう、又なんとかいい考えも出るだろうと、彼は努めてなんにも考えないようにしていた。
「治六の馬鹿野郎」
それにつけても腹立たしいのはゆうべの治六であった。八橋を身請けするほどならば、あいつらの知恵を借りるまでもなく、おれが自分から進んで立派に身請けをする。それがもう出来ないのを知っているから、今もこうして通いつづけている。その入り訳はきのうも宿で言い聞かせてあるのに、うっかりと詰まらないことを浮橋に言い出して、それが八橋の耳へもはいって、おれはいい恥を掻かなければならない事になった。