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汽車のなかで (3月8日 11時)

子供は雫のたらたら流れる窓硝子に手をかけて、お銀の膝に足を踏ん張りながら声を出して騒いだ。背後の方から、顔を覗いて慰したり、手を出しておいでおいでをする婦人などがあった。
 プラットホームを歩いて行くお銀の束髪姿は、笹村の目にもおかしかった。
「家鴨のようだね。」
 笹村は後から呟いた。
「そんなに私肥っていて。」お銀は自分の姿を振り顧り振り顧りした。
 子供を車夫に抱かせて、二人はそっちこっちの石段を昇ったり降りたりしたが、明るい山内の空気は、少しも仏寺らしい感じを与えなかった。寄附金の額を鏤りつけた石塔や札も、成田山らしく思えた。笹村は御護符や御札を欲にかかって買おうとするお銀を急き立てて、じきにそこを出た。

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