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時計 (7月1日 21時)
もう二分経っている。あと十五分……。
道化男は又、前の失敗を二度ほど繰返した。見物席に駈け上ったり、木戸口から飛び出したりした。しまいには馬の腹の下に這入って、前足の間から二匹の内証話を聞こうとした。それを犬が素早く発見して吠え付いた。馬は棹立ちになった。そうして二匹とも今度は勘弁ならぬという体で逐いまわし初めた。
あと十二分……。
道化男は馬の腹の下や、前足や後足の間を飛鳥のように潜り抜けて巧みに飛び付いて来る馬と犬を引っ外した。見物の中に拍手の声が起った。結局道化男は逃げ場を失った苦し紛れに裸馬に飛び乗った。馬は憤って前に飛び横に跳ね、棹立ちになったり前膝を突いたりして、一生懸命に振り落そうと藻掻いたが、道化男はいつも千番に一番の兼ね合いで踏みこたえる。拍手の音が急霰のように場内一面に湧き起った。その響きの裡に道化男は、裸馬に乗ったまま犬に吠え立てられつつ楽屋の中に駈け込んで行った。
……三時二十分きっかり……。
……あと十分間……。
……私の胸の動悸が急に高まった。嬢次少年が云った最少限度の二十分よりも五分以上早く演技が終ったのだ。この次の「馬上の奇術」は演技者が居ないからやらない事は明白である。
……あとは順序通りに行けば、幕間二三分乃至四五分の後に始まるであろう、馬の舞踏会である。戦慄すべき馬の舞踏……。
……瞬間……おそるべき幻影がまざまざと私の眼の前に描き出された。
……場内に数十頭の裸馬が整列する……。
……その間に軽羅を纏うた数十名の美人が立ち交って、愉快な音楽に合わせて一斉に舞踏を初める……。
……けれどもそれは、まだ十分と経たない中に見る見る悽惨を極めた修羅場と化する……。
……数十頭の馬が突然棹立ちになって狂いはじめる……。