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窓の硝子戸 (6月17日 20時)
小夜子はそう言って、挨拶すると、今夜は少しお寒いからと、窓の硝子戸を閉めたりして、また入口の処にぴったり坐ったが、表情が硬かった。
葉子は立って行って、小夜子と脊比べをしたりして、親しみを示そうとしたが、いずれも気持が釈かれずじまいであった。
「やっぱりそうかなあ。」
庸三は後悔した。するうち小夜子を呼びに来た。客が上がって来たらしかった。
「私今夜ここで書いてもいい?」
葉子は書く仕事を持っていることに、何か優越を感ずるらしく、庸三が頷くと、じきに玄関口の電話へ出て行って、これも新調の絵羽の羽織や原稿紙などを、自動車で持って来るように、近所の下宿屋を通して女中に吩咐けた。
しかし間もなく錦紗の絞りの風呂敷包みが届いて、葉子がそのつもりで羽織を着て、独りで燥ぎ気味になったところで、今夜ここで一泊したいからと女中を呼んで言い入れると、しばらくしてから、その女中がやって来て、
「今夜はおあいにくさまですわ。少し立て込んでいるんですのよ。」
庸三はその素気なさに葉子と顔を見合わした。やがて自動車を呼んで、そこを出てしまった。
「小夜子さん光一でなきゃ納まらないんだ。」
葉子は車のなかで言った。
ある夜も小夜子はひどく酒に酔っていた。
酒のうえでの話はよくわからなかったけれど、片々に口にするところから推測してみると、とっくに切れてしまったはずのクルベーが、新橋の一芸者を手懐けたとか、遊んでいるとかいうようにも聞こえたし、寄越すはずの金を、小夜子の掛引きでかクルベーの思い違いでか、いずれにしても彼の態度が気にくわぬので、押しかけて行って弾き返されるのが癪だというように聞こえた。