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郊外のホテル (3月12日 11時)
その物狂わしい場面を思い出す前に、庸三はある日映画好きの彼女に誘われて、ちょうどその日は雨あがりだったので、高下駄を穿いて浅草へ行く時、電車通りまでの間を、背の高い彼女と並んで歩くのも気がひけて「僕は自動車には乗りませんから」と断わって電車に乗ってからも、葉子が釣革に垂れ下がりながら先生々々と口癖のように言って何かと話しかけるのに辟易したことだの、映画を見ているあいだ、そっと外套の袖の下をくぐって来る彼女の手に触れたときの狼狽だの、ある日ふらりと彼女の部屋を訪ねると、真中に延びた寝床のなかに、熱っぽい顔をした彼女がいて、少し離れて坐った庸三が、今にも起き出すかと待っていると、彼女は赤い毛の肌着だけで、起きるにも起きられないことがやっと解って照れているうちに、畳のうえに延べられた手に顔をもって行くと、彼女は微声で耳元に「行くところまで……」