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軟かい心持のいいベッド (4月19日 7時)
これまで笹村になかった。前庭と中庭との間に突き出た比較的落着きのいい四畳半に宵々お銀の手で延べられる寝道具は、皆ふかふかした新しいものばかりであった。
お銀の赤い枕までも新しかった。板戸をしめた薄暗い寝室は、どうかすると蒸し暑いくらいで、笹村は綿の厚い蒲団から、時々冷や冷やした畳へ熱る体をすべりだした。
「敷の厚いのは困る。」
「そうですかね。私はどんな場合にも蒲団だけは厚くなくちゃ寝られませんよ。家でも絹蒲団の一ト組くらいは拵えておきたい。」
お銀は軟かい初毛の見える腕を延ばして、含嗽莨などをふかした。
お銀の臆病癖が一層嵩じていた。それは笹村の留守の間に、ついここから二タ筋目の通りのある店家の内儀さんが、多分その亭主の手に殺されて、血反吐を吐きながら、お銀の家の門の前にのめって死んでいたという出来事があってからであった。その血痕のどす黒い斑点が、つい笹村の帰って来る二、三日前まで、土に染みついていた。
女はこの界隈を、のたうち廻ったものらしく、二、三町隔たった広場にある、大きな榎の下に、下駄や櫛のようなものが散っていた。自身に毒を服んだという話もあった。
お銀は床のなかで、その女が亭主に虐待されていたという話をして、自分の身のうえのことのように怯じ怕れた。お銀の一時片づいていた男が、お銀に逃げ出されてから間もなく、不断から反りの合わなかった継母を斬りつけたということは、お銀の頭にまた生々しい事実のように思われて来た。男はその時分、どんなに血眼になって仲人の手からうまく逃れた妻を捜しまわっていたか。毎日酒ばかり呷って、近所をうろつき廻っていた男の心が、どんなに狂っていたか、それは聞いている笹村にも解った。