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雨の中 (4月16日 13時)

大自然の心の中にある最も崇高な、清浄な心の結晶が昔ながらに在しました事を感謝しました。雨にずぶ濡れになったまま青草の中にひれ伏して、今までの小生の罪を繰返し繰返しお詫び致しました。
 かくして小生は主義も理想もない天空快濶な自然の児に立ち帰る事が出来ました。二十年前の若い田舎書生の心となって、恐る恐る帝国ホテルに帰って参りました。
 小生はその翌日、前記の如くJ・I・Cの秘密文書をM男爵の手に交付すると同時に、頭を短かく刈り、鬚を剃り落し、服装を改めて東京駅ステーション・ホテルの十四号室に這入りました。それから十五万円の金は正金銀行から引き出して東洋銀行に入れ、荷物は皆、帝国ホテルに放棄しておきました。これは小生が今度の要件のため、急にいずれへか出発したものと見せかけるためでありました。

 かようにして意を安んじました小生は、早くも五月蠅く付き纏う暗殺者の眼を逃れつつ、妻に危険を及ぼさぬように注意して二三度面会致しました結果、ウルスター・ゴンクールが伜を人質に取り、妻を威嚇せんと致しております事情を知りました時には、思わず悲憤の情に満たされて、又しても凡ての物を呪いたい気持になりました。しかし最早、自分自身が、J・I・Cの呪いの的となっておりますばかりでなく、官憲の保護を受くる資格さえ喪っている上に世間から一片の同情をさえ受けられない身の上となっておりますからには、とてもこの運命に抵抗する力が得られない事と深く深く自覚致しましたので、せめてもの事に、自分一人を殺して、妻子の生命だけでも救い止めたい決心を致しまして、小生の所持金の全部を妻に与え、残余を以て一身の後始末を致し、万事を貴下に御依頼申上ぐる決意を固めまして、やっと只今その決心の大部分を実行し終ったところであります。

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